

- 2022年10月30日
引退ブログリレー【BLUE PRIDE〜-#28 谷本大真】
平素より多大なるご声援・ご支援誠にありがとうございます。 特に世代別日本代表活動を金銭面やたくさんの面で支援をしてくださったOBの方には感謝してもしきれません。 そして最上級生として、#28を背負う者として、結果を出すことができず、申し訳ないです。 ちなみに表紙の背番号と名前は手書きではなく、アプリ使いました。すみません。 今回はここでは終わらずに、少しだけ真剣に書きます。もちろん文章力ないです、許してください。 では本題に入る。 伝えようと思っていることは、自分の中で大切にしていたことである。 大切にしていたこと それは 偶然を大切にすることである。 なぜならば、偶然は自らを形成する貴重な機会であるからだ。 ここでの偶然はたまたまできたプレーや何かしらの縁での出会いのことである。 偶然を取りこぼさずに拾い続けることができれば、自分だけの強みの形成や爆発的な成長に繋がる。反対にとりこぼしてしまうと、ただ平凡な選手で終わってしまう。 もっと分かりやすくいうと、 偶然は人生ゲームの中の1つのサイコロのマスと捉えてほしい。人それぞれがたどり着くマスは違


- 2022年10月29日
【引退ブログリレー -BLUE PRIDE-#1 加藤一輝】
平素よりOB・OGの皆様並びに保護者・関係者の皆様、多大なるご声援・ご支援誠にありがとうございます。背番号1、Gの加藤一輝です。拙く長い文章ではありますが最後まで読んで頂けたら幸いです。 このブログは自分の4年間の歩みや考えたことをありのまま綴ることで後輩たちの成長の一助になればと思って書きます。 書きたくないような恥ずかしいことも書いていますが、そういう文章のほうが後で自分で見返した時に心に染みると思っています。 入部前 入部した決め手は、ラクロス部が何度も全国大会に出ているチームであることだった。 高校時代、サッカーで全国大会に出られなかった、それどころかAチームに上がる度に監督や同期にキレられ続け、完全に腐っていた自分には、大学から始めるスポーツでスタート地点はみんな一緒、しかも全国大会に出られるかもしれないこの部活が輝いて見えた。 一瞬、サークルも見ておこうと知輝と達仁とテニサーの開催する花見に参加したが、この大学生活はなんか違う、と3人で感じたのを覚えている。 あの時の勘は間違ってなかったな。 1年 1年の6月にはゴーリーを始めた。 入


- 2022年10月28日
【引退ブログリレー -BLUE PRIDE-MG 高井渚彩-】
19世代MG の高井渚彩です。 初めに、OB・OGの皆様、大学関係者の皆様、保護者の皆様、平素より多大なるご声援ありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。 大学で部活なんて絶対やらない。 そう決めていた私が、ラクロス部に入って引退を迎えるなんて全く考えられなかった。 高校1年生のすぐにキツかった部活を辞めて、ただ楽しいことだけを選んで過ごしてきた。 友達と名駅行ってプリクラ撮ってサイゼ食べて、バイトして。そんな毎日だった。 大学生になってサークルのお姉さん達を見て、私もこうなるんだろうなって容易に想像ができた。 ラクロス部に出会って衝撃を受けた。とんでもない熱量で部活をして、しかも全国を目指している。自分とはかけ離れた世界で、本当にかっこよかった。自分がこうなる姿が全く想像できなかった。 こんなに頑張っている人がいるのに、私は何も苦労せず学生時代を終わらせていいのか。高校の楽しい思い出だけが残って、自分は空っぽなまま。自信が持てない中身のない自分を変えたい、そういう思いで入部を決めた。 この3年半で出会った人達は皆、尊敬できる人ば


- 2022年10月27日
【引退ブログ -BLUE PRIDE- 】#17 中山達仁
平素より南山大学男子ラクロス部を応援して下さる皆様、誠にありがとうございます。 22南山で副主将を務めると同時に東海地区学連委員長を務めている背番号17、MFの中山達仁です。 10月9日の決勝戦で負け、22南山の活動は幕を閉じました。気付けば、23南山が動きだし、今は新人戦に向かって一年生が必死に練習をしています。 僕が4年間部活動に身を捧げてみて感じたことは、「部活動の価値は計り知れない」ということです。こんなに喜怒哀楽を感じることができる体験は中々ない。そして僕はこのラクロス部で自分を成長させることができました。特に、学連委員長と副主将という立場をやり切ったことは今後様々なところで自信となって現れると思います。 僕は南山男子ラクロス部という環境が好きだ。本気になれる環境は何にも変え難い。 この場所で大学生活を過ごせたからこそ、大学入学前より明らかに精神的にも身体的にも成長できた。感謝しかない。 少しラクロス部での生活を振り返ってみようと思う。 大学一年生は夏の強化練に耐えてサマーリーグで優勝して、ユース交流戦ではメンバーが全然いない中、走り抜


- 2022年10月26日
【引退ブログ-BLUE PRIDE- #7 二村知輝】
平素よりOB・OGの皆様並びに保護者・関係者の皆様、多大なるご支援頂き誠にありがとうございます。背番号7番の二村知輝です。 僕はこの引退ブログを、2つの思いから書こうと思います。 1つ目は、自分が何年後かにこのブログを見返した時、この4年間をどんな思いで過ごしていたのかを思い出せるように書くこと。 2つ目は、強い南山を創るというチーム理念の一つとして未来に対して遺産を残すということを掲げました。このブログを通じて、過去には二村知輝とかいうやつがこんな思いでこの部活に所属していたんだなということを少しでも見てもらい、何か感じ取ってもらえるきっかけになるように書くこと。 稚拙な文章をダラダラと垂れ流してしまうことをとても恥ずかしく思いますが、とにかく自分が今思っていることを伝えたいという気持ちだけで、書かせてもらったところ5360文字と、とんでもない量になってしまい、現在取り組んでいる卒論よりも文字数を書いてしまいました。何してんだろう。 少し長すぎるため、本文を 第1章 4年間のラクロスの振り返り 第2章 伝えたいこと の2つに分けました。 第1章


- 2022年10月25日
【引退ブログリレー】-BLUE PRIDE -TRリーダー小野木菜織
今年度TRリーダーを務めました。小野木菜織です。 平素より応援してくださっているOB・OGの皆様、保護者の皆様、多大なるご支援、ご声援ありがとうございます。 今後とも南山大学男子ラクロス部を宜しくお願い致します。 ここから、私がスタッフとして感じていた事を綴ろうと思います。 まとめることが出来なくて長くなってしまったので、時間がある時に読んでください 1年生の頃、じゅんと八事日赤から色々な話をしながら練習に行っていました。じゅんに見せられた、ある人のインスタのストーリーがずっと心に残っています。 文面はしっかり覚えていませんが、 テーピングを巻いて、ありがとうと言ってもらえることがモチベーションというスタッフに対し、スタッフがテーピングを巻くのは選手が練習をするのと同じであるということ。結局それではお手伝いさんと同じであるということ。 この意味がすとんと心に響きました。 自分が入部したのは、日本一になりたいと思ったから 選手を支えるために入部したわけじゃないので、選手のために頑張っていたわけでもありません。試合で勝ちたい、大好きなみんなと関東を倒


- 2022年10月24日
【引退ブログリレー】-BLUE PRIDE- #4 森祐人
南山大学男子ラクロス部 背番号4番 森祐人と申します。 前置きなく、本題に入ることお許しください。 恥ずかしながら、感謝を伝える場にさせていただきたい。 かの甲子園番組のようなラストミーティングなる場にあっても、直接感謝を伝えることができなかったであろう。それほどまでに青臭い息子で申し訳ない。 今年は「保護者LINE」が始まり、試合結果や動画、写真で活動を報告できるようになった。 運営をしてくれたスタッフのみんな、本当にありがとう。 感謝を言葉で表すのはとても照れくさい、難しい。 だからこそ、LINEは会話のきっかけになった。 「次の試合来る?」 「行くつもり」 これだけで自然と力が入る。 有観客試合3回のうち2回応援に来てくれた。プレーを見てどう思ったかはわからない。 10月9日、FINALで敗戦した。 家に帰ると、 「会場に向かう途中、東北まで行こうか話してた。」と言われた。 自分やラクロス部を応援してくれていた。このためにラクロスしていた。そう思った。 小学校で野球を始め、中学でも続けた。 試合に来ることや、アドバイス?をされることが本当に


- 2022年10月23日
【引退ブログリレー】 -BLUE PRIDE- #99 八代亜慧
平素よりOB・OGの皆様並びに保護者・関係者の皆様、多大なるご支援頂き誠にありがとうございます。副主将の八代亜慧です。 先日の名大戦で敗退し、引退を余儀なくされ、4年間を捧げてきたラクロス部での生活の幕を閉じました。 僕たちの学年はスタッフ含め9人しかおらず、何よりも後輩たちに頼ってしまう場面が多々あり、それを受け止めてくれた後輩たちには感謝しかありません。ほんとにありがとう。 そんな後輩たちに全国という最高の景色を見せてあげれず引退してしまったことが唯一の心残りです。 前置きはこの辺にして、この4年間を振り返ると今まで生きてきた中で1番山あり谷ありで、濃過ぎる学校生活でした。 ここからは4年間の懐古で長くなりますがご容赦ください。 1年生 僕は高校のときから兄の影響でラクロスをやりたいと思い、入学式前に練習に参加し、1番乗りしました。 『4年間で化け物と呼ばれるくらい強いプレーヤーになって全国で活躍する』というのが最初の目標でした。 入学してから夏まで、毎日りょうさんとさとしさんと壁当てやショット練をして気づいたら夜の8時なんてことがよくありま