【4年生引退ブログ-BLUEPRIDE-】#16 鈴木陸斗




平素より多大なるご声援・ご支援誠にありがとうございます。今シーズン主将を務めさせていただきました鈴木陸斗です。








とうとう引退ブログを書く順番が回ってきて、このブログがあがる前日の夜に書き始めています。

正直書くのが嫌で嫌で後伸ばしにしています。

今でも引退したのが嘘みたいで嫌でも認めたくない自分がいます。

このブログを書くことでだんだん実感が湧いてくるのだと思います。

恐らく長くなります。暇な時にゆっくり読んでください。









final4敗退。





根っからの負けず嫌いの僕にとって

そもそも負けたこと


17世代の名大へのリベンジが出来なかったこと


16世代の九州地区へのリベンジが出来なかったこと


パロマの地に立てなかったこと


1度も名大に勝てなかったこと


名城に負けたまま終わったこと


関東と闘えなかったこと


勝利者インタビューを受けられなかったこと


後輩達に素晴らしい景色を見せてあげられなかったこと


OB・OGの方々を直接応援に招けなかったこと


コーチに恩返しができなかったこと


勝って泣くことができなかったこと




挙げるとキリがないです。

とてもとても悔しい気持ちでいっぱいです。



そんな悔しさが無くなる気配がないまま

引退して1週間が経ちます。




本来ならfinalの朝に内容の違うこのブログをあげ、チームの士気を上げることが役目でしたが、引退した今、このブログの役目とは、



大きく分けて2つ




①4年間の振り返り

②同期へ




この2つをまとめていきたいと思います。










①4年間の振り返り

僕自身回顧することより今後に目を向ける性格ですが、4年間のラクロス人生が誰かの参考になればなと思います。




1年生

サッカー部に入るつもりがサッカー部の雰囲気と強度が自分には合っておらず、凌さんに誘われはやてとラクロス部に入部した。

毎日先輩から教えてもらうことが新鮮で、日に日に上手くなっていく自分を実感できとても楽しかった。

壁当てなどの練習量は同期の誰よりも多かった気がする。

そんな努力が実り、フレキャンが終わったらBチームに来いと吉田さんに言われ同期より一足先にBチームに上がった。





しかし、山中湖やBリーグに連れていってもらったが何も出来なかった。正直ショートは向いてないと薄々感じていた。

ユース交流戦前、豪さんに憧れてロングを持ち始める。

十分な育成を受けないままひたすら自分なりに自主練でスキルを身につけていった。

新人戦では名大に負けて準優勝で終わり、これまでに多くの同期を失った。

本気で止めたが止められなかった。





2年生

新人戦が終わりAチームとしての活動が始まる。

関東遠征前の愛大との練習試合で初めて点を決める。

その後の北大との練習試合でも初ウィングで点を決める。

上南戦勝利

ハワイ遠征

リーグ戦スタメン・フル出場

東海制覇

全国大会出場

1年生からこの年のリーグ戦が終わるまでは自分が上手くなることしか考えてなかった。

とにかく自分が上手くなるために自主練を欠かさずするし、わからないことはなんでも先輩に聞いた。





しかし九大に負けた

大好きなだいきさん、長岡さんが引退した。



ここであることに気がつく。



「チーム組織の重要性」



強いチームとは?

尊敬されるチームとは?



詳しくは3年時の副主将ブログを見てほしいが、Aチームだけ勝ち負けを共有していないか、Bチーム1年生も同じ熱量でリーグ戦を闘えているか、Aチームが練習を休んでいないか



「自分のスキルアップのため」から「チームのため」へと視点が変わったタイミングだった。





3年生

新チーム体制が始まる。

白木さんから直々に副主将を務めてくれないかと頼まれ、引き受ける。

副主将ながら組織幹部としてチームをよりよくしようと様々な策を考えて実行しようとした。

ちょうど2月末にはつま恋に参加をしたが、自分たちの代は思うように結果が出ず、先輩たちは準優勝という素晴らしい景色を見せてくれた。

その矢先、コロナによって活動自粛。

対面での練習が出来ないものの、1人でのトレーニングを欠かさずにこなした。

毎日自分でメニューを考え、動画を撮り、LINEに投稿する。

dfチームはなかなかノート投稿をしなかったがそれでも投稿は欠かさずに続けた。

投稿をしない先輩に「それが日本一を目指すチームですか?」と抗議したこともあったし、しょうやには「なんで投稿しないんだ」と口論にもなった。

思うように活動が出来ず、なんとか特別大会という形でリーグ戦が行われた。

名大に負け、17世代は引退した。

大好きだった凌さん、荻野さん、豪さん、てぎさん、けんせいさん、みきやさん、土屋さんが引退した。


偉大な16番という背番号も引き継いだ。









4年生

主将として学生ラストの1年間が始まる。


主将として1番大事にしてきたこと

それは、「強い南山を創る」という理念。

これは15世代から引き継いでいるチーム理念である。

自分達の代で、「南山弱くなったな」と思われたくないし、自分が引退した後もいい結果を残していってほしい。

だからチームをプレーでも引っ張る立場として4年生でも自主練は欠かさなかったし、2年生からの育成も続けている。


自主練についてだが、この代では間違いなく1番量をこなした自信がある。

上達スピードは1.2年の時に比べたらとてもゆっくりかもしれないし、上手くなったという実感もあまりない。

ただ自分が上手くなるためだけに自主練をしていたわけではない。

その姿を見た同期・後輩が感化されて自主練の重要性に気づいてほしいからである。


また、全盛期という言葉があるがそれを日々更新した。なので名大戦の自分が学生ラクロスの中での全盛期だ。

「あの時が全盛期」というのは情けない。



final4で名大に負けて第1章は幕を閉じた。










②同期へ

自分自身感情を表すのは得意ではない。

同期へ気持ちを表すのは最初で最後になるだろう。



冒頭であった数々の悔しい気持ち



その多くは何とかすれば晴らすことができる。


例えば、16.17世代のリベンジ、名大名城へのリベンジは後輩がしてくれるだろう。

関東と闘えなかったことも武者に行けば強い相手と1on1できる。




ただ、同期のみんなと目標に向かって本気でラクロスをするということはもうできない




blastの掛け声で始まる練習をすることも、

はやての車の助手席に座って会話することも、

df陣でバカ騒ぐことも、

情報弱者っていじられることも、

かずおやいえきにマスクしろと注意することも、

たかあきに叱りのLINEをすることも、

さくらにちゃんとしろって叱ることも、

(叱ってばっかやな笑)




他にもたくさんあるが

失ってからその重要性に気づいた。

楽しくラクロスが出来たのも同期のおかげだと思う。



今も後輩達の育成として練習に行っているけど同期が1人もいないグランドは正直悲しい




沢山辞めてしまったけど残るべくして残ってくれてありがとう



先輩とばっかと仲良くするし、すぐ1人で自主練しに行くけどついてきてくれてありがとう



頼るのが苦手で、誰かに任せるなら全部自分でやったほうがマシと思う性格で、時には暴走気味になった時もあったけど、みんなが同期でよかった。



これからも仲良くしてください。










最後に後輩達へ

最高の景色を見せてあげれなくてごめんなさい。

負けた悔しさはもう十分味わえたと思います。

負けて学ぶことは沢山学んで、

来シーズン以降の結果を楽しみにしています。


4月までの残り数ヶ月、全力でサポートさせてください。


僕の第2章は3月いっぱいまでです。





「強い南山を創る」



僕の使命です。想いです。



受け継いでいってください








これで引退。

ラクロスのおかげで人間として大きく成長できました。

最高の4年間でした。



次の第3章は社会人ラクロス。

次の目標に向けて、新たなステージへ






21南山男子ラクロス部

主将

鈴木陸斗


#16

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