top of page

【引退ブログ】-BLUE PRIDE-#4渋谷 耕太朗

平素よりOB・OGの皆様並びに保護者・関係者の皆様、多大なるご支援・ご声援誠にありがとうございます。


背番号4番ATの澁谷耕太朗です。


勝負強さがピカイチな#0高須からバトンを貰いました。彼のゲーム勘は本当に鋭いので何度も助けられてきました。ちなみに今でも平野紫耀に見えて仕方ありません。キンプリファンの皆さんごめんなさい。


次は後輩愛溢れる#5たくやです。ツッコミに厳しい彼の合格点はまだ貰えたことありません。来年から同じ会社で働くので、入社までには彼をうならせるツッコミを習得したいものです。



このブログは、ラクロス部での4年間を振り返りつつ、当時の心情を正直に書きたいと思います。普段人の目ばかり気にしてしまう自分にとっては恥ずかしいこともあると思いますが、将来これを見返す自分の為、そして後輩たちの一助になればと思い、ありのままに書きます。

長く拙い文章になるので、時間があれば最後まで読んでいただけると幸いです。


一年生、二年生

コロナ禍真っ只中で入部した20世代。入部時期は人それぞれ違って、自分は8月ごろに正式入部した。体験会は#8ひろきに鬼のように誘われて行ったが、筋肉ムキムキのタンクトップ姿の先輩たちを見て、今までほぼ文化部ボーイだった自分は「来る場所間違えた」と感じた笑。それでも17世代青山凌さんの熱く優しい勧誘に心を動かされ、日本一を目指してみたいと思うようになり、入部を決めた。


入部して早々、チームスポーツの厳しさと、始めて体感する「ガチ」な部活の雰囲気の壁にぶつかった。なんというか、それまでの自分の中の「当たり前」が当たり前じゃなかった。今までまともなチームスポーツを経験して来ず、高校までの部活も趣味程度に考えていただけの自分の、経験の浅さを痛感した。転んだだけじゃファールにならないし、ドクターストップがあっても多少なら我慢して練習する、チームを盛り上げる為の声を出す、怪我をしても部活に行く、練習の意図を常に考える、自主練する…こんな当たり前のことが当時の自分は出来てなかったし、二年生の夏くらいまで、なかなか大切さに気づけなかった。


そんな甘々な考えだったからか、9月に自粛明け全体練が始まって早々、自転車に指を挟んで親指の爪が半分以上無くなる大怪我をした。サマー代わりのミニゲーム大会も出られず、2月くらいまでラクロスが出来なかった。#28翼には怪我をいじられ、当時めちゃくちゃ嫌ってた笑。毎朝4時過ぎに起きて練習行って、ほぼ見てるだけ、ミニゲーム優勝も見てるだけ。なんでこの部活に入ったのか分からなくなっていた。新人戦で活躍もできず、育成の17世代青山凌さんはポテンシャルを信じてくれたけど、結果で返すことはできなかった。


二年生になっても当然のようにBチームで、昔の#8ひろきと同じ定時退社キャラで、練習終わったらすぐ授業に行っていた。今振り返ると、正直この頃まで全然ラクロス楽しめてなかったし、常にいつ辞めようか考えていた気がする。高校で部活を辞めた経験を繰り返したくないと思い、必死にしがみついているだけだった。本当に先輩たちには迷惑しかかけてなかったと思う。それでも、18世代の前川雄さんは気にかけて話を聞いてくれたり、今でも練習に来て話をしてくれたり、特に同じファミリーだった先輩には感謝しています。



三年生

19世代大橋潤さん達の代が始まり、意識を変えようと、敢えて目立つ番号の3番をつけた。2年の夏ごろから来シーズンの事も考えるようになって、チームの役に立つ人間になりたくてとにかく練習するようになった。ウェイトも意識変えて、入部時から10kg以上増やしたり、練習の成果が出て、少しずつ6on6でも点が取れるようになってきた。


そんな中でじゅんぽさんと出会い、3月には仙台に武者修行に行く機会を頂いた。自分がそれまで軽々しく言っていた「学生日本一」という言葉を言えるほど努力できているのか、チームの全貌を理解して自分がどこの層に影響を及ぼしていく存在になれるのか、ラクロスを通じて将来の自分にどんな影響を及ぼすのか、将来の自分像は本当に自発的に思い描いているものなのか…一言では言えない、多くのことを考え直すきっかけになったし、この機会がなければこの先一生意識することはなく、明白にすることはなかっただろう。

それでも最後、東海ファイナルの名大戦で負けてしまった。自分はベンチメンバーに入れてもらっていたけれど、ベンチで何もできずに終わってしまった。全然試合に出れず、一年をすべて否定された気持ちになったが、来年こそは活躍してやると心に誓った。



四年生

ラストイヤーは東海選抜にも選んでもらうことが出来て、チームは東海制覇して現状全国ベスト4で順調なように思えるが、一番キツい1年だったと思う。


勝てない時期が続き、オフェンスメンバーとまともにコミュニケーションが取れなくなり、体調も精神も何もかもおかしくなって、「こんなチーム辞めてやる」と思い、一時期部活に行かなくなった。それでもHCの長島圭樹さんを始め、色んな方から声をかけて頂き、互いに歩み寄ってチームに復帰することが出来た。復帰直後の試合に4得点することが出来て、みんなが喜んでいる姿を見て、自分の居場所はここだと心の底から感じた。


ここから頑張るぞというときに、あばらを骨折した。ファイナル4は間に合わない可能性、ファイナルはぎりぎり間に合うか分からないという話をされ、精神状態はまたどん底に落ちた。それでもチームが勝ってくれるという可能性を信じて、脚トレや体幹など出来ることを行った。そしてチームが勝ち進み、ファイナルや全学一回戦に出場することが出来たし、強みのゴール裏からの1on1で崩して#28翼の得点をアシストしたシーンはとても嬉しかった。次の日体戦は何度も崩して、そろそろ自分で決めたいと思います。



次に4年間ラクロスをしてきて、大切だったと思うことを述べるので後輩のみんなには参考にしてほしいです。


1つ目はハングリー精神です。

19世代大橋潤さんには「早く誰々なんて抜きなよ」と言われ、内心先輩なんて越せるわけないと思っていました。でもその先輩だろうが競争して抜くという意識が大切だったんだと今振り返って思います。その結果が2,3年生でなかなか試合に出れない結果になってしまったことだと思うし、後輩たちにはどんなにすごい先輩でも追い越す意識で部活してほしいです。


2つ目はコミュニケーション力です。

特に同じポジションのメンバーとは本当によく話してほしい笑。それは戦術もだしプライベートもだし。自分は戦術面での擦り合わせの主張が苦手で苦労したから、同じ思いで苦労してほしくないです。

他にもたくさんあるけれど、書ききれなくなりそうなので今思ったこの事だけに留めておきます。悩んだらいつでも言ってきてね。自分がチームに影響を与えられるのはこういう所だと思ってます。


最後に、関係者の方々に感謝を述べたいと思います。


OBOG・コーチ陣・関わっていただいた社会人の方々へ

自分がここまで来れたのも、貴重な時間を割いてアドバイスをくださった皆様のおかげだと思っています。ありがとうございます。学生日本一まであと二戦ありますが、応援よろしくお願いします!


後輩へ

色んな面で助けられることもありました。長くて3年間、一緒に闘ってくれてありがとう。あと二戦、全員で全力で勝ちに行こう!


家族へ

本当は部活してないで、蒲郡の家とかもっと手伝うべきだった状況だったのに、サポートまでしてくれてありがとう。引退後に家のことたくさん手伝うから、あと少し部活頑張ります。応援しててね。


最後に同期へ

4年間嬉しいことも苦しいことも共有したからこそ、俺らなら歴史を変えられると思う。あと2戦勝って、学生日本一取ろう!



この4年間、本当に何度も何度も大きい壁にぶち当たって、決して順風満帆なものではなかったけれど、そこから色んな経験をして、色んな事を学べました。

次はそれを将来自分がやりたい事に活かしていきたいと思います。

でもまだ僕たちは現役です。

もっとみんなでラクロスがしたい。もっとみんなでオフェンスがしたい。


11/18 全学準決勝

俺はひたすらゴール裏から崩します。

誰一人欠けることなく闘って、

まずは日体戦、絶対勝とう。



#4 澁谷耕太朗


最新記事

アーカイブ
bottom of page